Interview
02
kami/
浪江由唯

校舎を活動拠点として選んでくれた、利用者のみなさんをご紹介するインタビューページ。

第二弾はkami/・浪江由唯さん。世界の紙を巡る旅をして来られた浪江さんは、「ここが最後に住む場所だ」と思ったという内子に移住され、ここ御祓で活動を展開されています。聞き手はわたくし、「みそぎの里」運営をしている水谷がお送りいたします!早速お話を聞いていきましょう◎

この校舎ではどんな取り組みを行っていますか?

世界各地と日本で作られた手漉き紙を集めて、その紙を使ったもの作りができるシェアアトリエを準備しています。

そこでは、私が集めてきた紙を購入していただいて、アトリエの中にある機材、例えば裁断機とか製本機とか、色んな紙ものを作るための型とかを使って、自由に紙から始まるもの作りができる場所になったら良いなと思っています。

―由唯さんはどういった経緯でこの校舎にたどり着いたのでしょう?

元々岡山県に住んでいたのですが、紙の産地がある場所に移住したいなと思って。移住先を探しているときに、候補の一つとして内子町に出会いました。

下見に来たときに、図工室に入られているゆるやか文庫さんや、紙にまつわる活動をされているnekiさん、とおん舎さんにお会いしたり、大きな紙の工房にお邪魔したりしている中で、この環境の中で紙にまつわる活動をしていけたら楽しいだろうなと思い、内子町への移住を決めました。

町内のどこに住もうかなと、小田や五十崎、御祓や石畳など色々な地域を見ていく中で、御祓は山に囲まれて棚田があり、その山の中ではかつて和紙の原料になるコウゾを育ててたというお話をしてくださった住人の方が何人もいらっしゃったので、紙の原料にもゆかりのある場所というのが良いなと思って、御祓に住むことを決めました。

自分のアトリエとして使える場所と、そこに気軽に人を呼んで、一緒にものづくりができる場所を作りたいなと思っていたときにちょうどこの校舎も見学させてもらって。

私がやりたかった、紙を使ってものを作ったり、紙そのものを研究したり、紙の原料をもっと深く調べたり、そこから派生する文化について学ぶという実験的なイメージにあう理科室がちょうど空いていたので、そこを借りて場所を作ってみようかなと思いました。

元々の場所のイメージも引き継ぎつつ、由唯さんにぴったりの場所が見つかって嬉しいです。さて、根本的な質問になるのですが、沢山のものや素材がある中で、由唯さんが「紙」をメインに扱うようになった経緯をお聞きしてもよいですか?

小学生の頃までは、自然環境の方に興味があって、あまり人が作ったものに興味がなかったのですが、大阪の国立民族学博物館に行ったのをきっかけに、人の手で作った工芸品や民芸品に興味が芽生えました。

そこから日本の工芸品(染め物、織物、器、木工品とか)を巡るということを大学生のときにしていて、その中の一つとして手漉き紙に出会いました。それが二十歳くらいのときです。

自分で工房に行き、木の皮を剥いでそれを煮込んで柔らかくして紙を作るという体験をしたときに、紙って普段当たり前のように触れてるけど、作るのにはこんなに長い工程がかかるんだとか、原料自体は木と水だけととてもシンプルなんだとか。

そういうのを実感したときに、この手仕事が未来に続いていくために何か活動をしていきたいという気持ちが芽生えて、それがきっかけになって活動をしてます。

手仕事の技を色々と巡って、実際にワークショップができる機会があれば自分でも体験して…ということをしていた中で、一番、というか唯一しっくり来たのが紙でした。

「(自分がこれから扱うのは)紙だ」となってから、日本の産地を巡るのではなく、世界を巡りたいとなったのは、何かきっかけがあったんですか?

日本の産地ももちろん周りたいという気持ちはあって。でもそれはいつでも出来るし、日帰りとか、長く時間をかけずに一箇所ずつ巡るっていうこともできるなと思っていたので、和紙を巡る旅よりも、世界の紙を先に見に行きました。体力も時間もあるうちにやれることをと思って。

あとは、自分のやりたいことをひたすらリストアップすると、「世界の紙を巡りたい」以外のこともいくつもあって、それをどういう順番でやっていったら物事がうまく進むかなっていうのを考えました。

うまく進むというのは、自分の技術的にもそうだし、周りからの注目度においてもです。同じことをしていても、順番が違うだけで人からの見え方って変わると思うので。世界の紙を巡った後に、日本の紙のことを深掘りした方がより幅広い視点で伝えることもできるし、より興味を持ってくれる方も増えるんじゃないかなと思って、世界の紙を巡る旅を先にしたんですよね。

―なるほど、戦略的!外の世界を知ることで、自分の国のことも初めて見えてくるものがあると思いますし、とても大切なことですよね。では、そんな世界の紙を見てきた由唯さんがこれから理科室でしていきたいのはどんなことなんでしょう?

まずは”kami/の実験室”という場所の名前をつけて、来てくれた人たちと一緒に色んな紙にまつわる実験をしてみたいと思ってて。

実験と言っても科学的なことだけじゃなくて、「ちょっとやってみたいな」という軽い好奇心さえあれば、そこには道具や教えてくれる人もいて、気軽に試してみることができる。そんな場所を作っていけたら良いなと思っています。

実験はその先を切り開いていくための一歩目だと思っているので、そこから広がって新しい商品が生まれたり、新しい紙ができていったり、、、

世界を旅していたときに見つけた、日本とは違う各地の紙の作りかたをもっと深掘りしたいなとも思っているので、それを日本で活動されている方たちに伝えて、和紙の工程の一つとして取り込んだり、新しい可能性も探っていける場所にできたら良いかなと思っています。

それと合わせて月に一度企画展を考えて、月替りで決めたテーマに沿った紙や国、地域の紙を深く調べて知っていくという試みも続けていけたら良いなと思っています。

それを通して、実際来てくれる方だけじゃなく、実際には来られないけどオンライン上で配信を見てくれたり、勉強会に参加してくれる全国各地の人たちとつながって、ゆくゆくは、手仕事の紙にまつわる人たちのネットワークの拠点の一つとして、kami/の実験室が機能していけるようになったらいいなと思っています。

―いいですね~。お話を聞いていると、由唯さんはただただ紙や紙ものを販売したり、紙で何かを作ったりするだけではなく、「研究」をしていきたいという気持ちがあるんだなと感じるんですが、研究の動機としてはどういったことがあるんでしょう?

大学でネパールの手漉き紙の研究をしていた時に、単純に日本語での先行文献が少なくて、最初のテーマ選びの段階で苦労したんです。そういう人たちにとって研究の足がかりとなるような、一つ目の入り口として、色んな情報を日本語で残していけたら良いなと思っています。

なので専門的な論文誌に発表して、というレベルにはならないですが、日本語で検索したときに、この場所に行けば次のことを調べられるかもっていう、足がかりになる情報をもっと残していきたいというのがあります。

あとはもう単純に、「文献を読んだり人の話を聞きに行ったり実際に作っているところを見に行って、調べて、まとめて、それを伝えて」という行為そのものが好きなので、趣味の延長みたいなところもあります。

―確かに専門的な論文や外国の文献だと研究者向けというか、ハードルが高いですし、少し興味があって知ろうと思った人が、普通に暮らしていたら知れないようなことを、唯さんの本やブログなどのアクセスしやすい場所から手軽に得られたら、情報も広がっていく感じがしますよね。

閉ざされてない形にしたいなと思うんです。そのへんは元々博物館の学芸員になりたかったけど、それを選ばなかったところもあって。博物館という箱じゃない場所の中で、同じような機能を持ったメディアなり、スペースなりを作れたらと思って模索した結果の一つがこの“実験室”です。

そういう意味では、スペースのあり方自体を実験しているというのもあります。

―なるほど~面白い。資料や情報を開かれたものにしていくだけでなく、もっと手で触れながら、さらに新しい場所を切り開いていく、そんな可能性が秘められた場所になりそうですね!楽しみです。

それからもうひとつ、由唯さんの考えておられる企画として、地域の方のインタビュー企画があるんですよね。これは紙の活動とは少し離れたことかもしれないですが、どんなことを思って企画するに至ったのでしょうか?

kami/という屋号を掲げて紙にまつわる活動をしているんですけど、紙だけに絞る必要はないし、紙だけにしてしまうと危ういんじゃないかなと思っていて。紙ってその周辺に文化があるからこそ、こんなにいっぱい広がって作り続けられてきたものなので、周りの人の生活とか文化にもちゃんと目を向け続ける必要があるなと思っていて。

そういう意味でも、自分が住んでいる地域の人たちがどういう暮らしをしているのかを知るのは大事なことだなと。それを実際に自分で聞きに行って言語化して、形に残すということになったときに、きっと「紙に印刷したい(残したい)」となると思うんです。そうなったときに、「紙」の存在の、原点に立ち帰れるだろうなと。

御祓という、かつて紙の原料を作っていた場所でそれをするというのは、紙の最初から最後までを循環していくような動きに繋がっていくんじゃないかなと思っていて。今はまだ企画自体動き始めてもない段階なので、全然見えないんですけど。

それはきっと10年とか続けていった時に、ちゃんと積み上がっていくものになるだろうなと思うので。これまであまりしてこなかった、1年とかの短期間じゃない、何十年かけて作っていくというものの一つとして、挑戦していけたら良いのかなと思ってます。

―この企画を最初に聞いたとき、すごく嬉しかったんです。何十年という長い目で、地域に目を向けて行こうと考えてくれる仲間が出来たんだ…!と心の芯から感動していました。地域の暮らしや文化を残していくことと「紙」の原点、とてつもない企画が始まるなとわくわくしています。

そんな腰を据えた活動を展開されつつある由唯さんは、校舎や御祓の地域が今後どんな場所になっていったら良いなと思われますか?

校舎については、関わってる人たちにとって楽しい場所になるのが一番良いなと思っています。みんなが無理なく、心地よく活動できるような拠点になっていったら良いなというのが一番です。

御祓の地域としては、高齢化や限界集落というどの里山も抱えている問題を同じく持っている場所だと思うので、そこに対しては、元々地域にある産業=農業の観点でお手伝いできるところは関わっていきつつ、自分の事業の中でも何かしら地域に還元していきたいです。例えば地域の畑を使ってコウゾを育てたり、紙を作る場所を作ったりすることで、この場所に外部の方が来る理由になったり、ここを魅力的に感じてくれる人が増えたら良いなと思ってます。

でもそこは難しいところですよね、人がいっぱい来れば良いわけでも無いですし、、、

この山と田んぼがある風景はすごく美しいと思うので、それが今後も続いていくように。この光景を美しいと思う人たちにちゃんと届くような場所として存在していけたら良いのかなと思いますが、まだ移住して間もないので(笑)

その辺は活動していきながら、少しずつ地域のことも知っていって考えて行けたら良いなと思います。

―「これから」が楽しみになるお話ばかりでした。素敵なお話をたくさんありがとうございました!